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「川崎市役所本庁舎さよならイベント」に行ってきました

本日は本社技術開発スタッフからのレポートです。


老朽化し耐震性の面で問題があるとして建て直しが決まった川崎市本庁舎の公開イベントに行ってきました。イベントは10/14(金)~16(日)の開催でしたが、庁舎の使用は既に今年の2月で停止されていたため、今回が建物内部に入る最後の機会となりました。私は最終日10/16に訪れました。
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はじめに、公式パンフレットを参考に建物の概要をご紹介いたします。KC4A0020
川崎市は関東大震災の翌年の大正13年(1924年)に市制施行していますが、当初は震災で被災した町役場を補強して市役所庁舎として使用していました。その後、昭和9年(1934年)に庁舎改築の予算案が市議会で可決され、4年後の昭和13年(1939年)に現在の本庁舎が竣工しました。

戦中は空襲で周囲が焼け野原となるなか、幸い焼失を免れ、戦後は幾度かの増築を繰り返し、77年のあいだ川崎市のモニュメントとして市民から慕われてきました。

本庁舎の設計を手がけたのは教会建築で著名な元田稔(もとだ みのる)氏で、現存する作品には高井戸教会、横浜聖アンデレ教会、大森聖アグネス教会、聖マルコ教会などがあります。本庁舎の設計にあたっては、ストックホルム市庁舎(スウェーデン)ヒルフェルスム市庁舎(オランダ)に影響を受けたのではないかと考えられているそうです。
(註:オランダの自治区は「ヘメーンテ」といって日本の都道府県市町村の区分とは全く異なるが、便宜的に「市庁舎」と表記。)

川崎市本庁舎は、このように川崎市のみならず日本の近代化の象徴としての価値が高いことから、時計塔や玄関など外観の一部は一旦解体した後、新築される本庁舎のファサードに復元されることになっています。

さて、催しは盛りだくさん用意されていて、元市議会議場だった講堂では川崎市に縁のあるクラシックやジャズの音楽家によるコンサートなどもありました。私は本庁舎のシンボルである時計塔内部の初公開見学ツアーに参加しました。講堂のプロセニアム(舞台を額縁のように囲む建造物)は、竣工当時のままの黒色大理石やテラコッタ製の付け柱が残されていました。
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時計塔ツアーは12:00からと16:00からの2回の実施で、それぞれ定員は45名。開始30分前から整理券配布とのことだったので余裕を持って45分程前に到着したところ、既に先着が17名いました。並んでいた方々の会話から、新幹線ではるばる遠方から来ていること、日本各地の古い建物を観て周っていることがうかがえ、川崎市本庁舎が高い関心を持たれていることを感じました。

ヘルメットを着用して待機します。20161021_6
時計塔内部の階段を登っていきます。20161021_7
引退した防災行政無線用スピーカー。お疲れさまでした。20161021_8
一部屋上緑化されていることは知りませんでした。20161021_9恥ずかしながら、市内に在住在勤しているにもかかわらず今まであまり気にとめていなかったのですが、琉球トラバーチン、木目塗り、スチールサッシ、リベット接合などといった素材や技術が創建当時のまま随所に残っていて、この建物の歴史的・文化的価値を改めて認識することができました。

建物内には入ることはできませんが、今週末にもイベントがあるようですので、ご興味のある方はぜひ行ってみてはいかがでしょう。第15回連連連つなごうかわさき2016 10/22-23(本社技術開発 S.O.)

【今日は何の日:10月21日】
「あかりの日」
1879年のこの日、アメリカの発明王エジソンが世界で初めて実用性の高い白熱電球を開発。その偉業を称えて、電気・照明関連団体から成る「あかりの日」委員会が1981年に制定。この時エジソンが白熱電球のフィラメントに使ったのは京都(八幡)の竹だそうです。当時、実用化に向けて白熱電球を長時間灯せるフィラメント材料を求め実験している際、たまたま研究室にあった扇子の骨(竹製)を使ったところ連続200時間も電球が灯ったことから、フィラメントの材料に竹が適していることを発見。早速全世界に調査員を派遣し1200種類もの竹を集め実験したところ、京都八幡の竹で作ったものが最も長く(約2450時間)灯り続けたということです。

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